こんにちは。Katyです。
今回は、当事業所と深い繋がりのあるAM株式会社の代表取締役であり、人気クリエイター「えむとん」としても活動されている武藤さんにインタビューを行いました。
元作業療法士という異色の経歴から、コロナ禍での転身、貯金200万円から生活保護一歩手前まで追い詰められた壮絶な下積み時代、そしてココナラで上位0.1%の「プロ認定」を勝ち取るまでの奇跡的な軌跡――。
さらに、ライフワークでの経験を経て同社のコア戦力となったBさんのエピソードや、利用者さんへの熱いエールまで、ぎゅっと凝縮してお届けします!
クリエイター「えむとん」の誕生と、時代を超える「仕組み化」の創作哲学

まず、「えむとん」というお名前のユニークな由来と、創作へのこだわりについて教えてください。

「えむとん」という名前は、僕の本名のアナグラムと、動物占いの「羊(ひつじ)」を掛け合わせて、「愛羊(あいよう)=末永く愛用される創作」という意味を込めています。
長く愛される作品作りのために、僕が意識しているのは「流行に振り回されない絵柄や塗り」です。
動物占いの「羊」は、骨の髄まで余すことなく活用できる生き物ですが、僕の組織作りも同じです。
「塗りは苦手だけど線画は得意」という人がいれば、その得意なパートに特化して作業を分担してもらいます。
それぞれの「得意」を通じて、「自分にもこんなことができるんだ」と自己肯定感を高めてほしい、自分を愛してほしいという願いがあるからです。
また、僕たちが今こうしてパソコンやツールを使って絵を描き、コンビニから発送して生活できているのは、社会の仕組みや文化を作ってくれた先人たちのおかげです。
その仕組みへの感謝を忘れず、僕自身が死んだ後も残るようなクリエイティブの組織や仕組みを世界に広げ、「やっぱり日本人っていいよね」と言われるレベルまで残していきたい、という大きな想いを持っています。
作業療法士からクリエイターへ。貯金底つき・ツナ缶生活から這い上がった激動の3年間

武藤さんはもともと「作業療法士」として医療の現場にいらっしゃったんですよね。そこからコロナ禍を経てクリエイターへと転身を決意された当時の想いを教えてください。

当時23歳で、作業療法士として働き始めて1年9ヶ月が経った頃でした。
コロナ禍の真っ只中で社会全体が窮屈になり、医療職であっても身の危険や生活の不安定さを感じたことがきっかけです。
もともと子供の頃から絵を描くのが好きで、学生時代もクリエイターを目指していましたが、親や先生に「手に職をつけろ」と大反対されて医療の道に進んだ経緯がありました。
しかし、この危機を前にして「ここで諦めたら、10年後、20年後に絶対に後悔する。本当にチャレンジできなくなった時に『あの時なぜやらなかったんだ』と絶望するのが一番怖い」と思ったんです。
いわば「やらなかった後悔」への恐怖が、僕を一歩踏み出させました。
当然、高い学費や実習費を出してくれた親からは猛反対されました。
特に厳しかった父親を説得するため「これまでの貯蓄(約200万円)がゼロになったら、借金を抱える前にきっぱり実家へ帰って作業療法士に戻る」という約束をし、最後は母親が「納得するまで辞めないでしょ」と諦め半分で認めてくれて、旭川から札幌へ出てきました。

そこから順調にクリエイターとしてのキャリアが始まったのでしょうか?

いえ、最初の3年間は本当に絵だけで食べていくことはできず、泥水をすするような生活でした。札幌に来る際、親を安心させるために「バーを経営して稼ぐ」という嘘の事業計画書を出して誤魔化したのですが、いざ札幌に来たらその話が白紙になり、いきなり無職になったんです(笑)。
生きるためにテレアポ、携帯販売、ホスト、黒服、パチンコ店員など、あらゆるアルバイトを掛け持ちしました。お金が本当になくなり、介護施設の社長さんに拾われて、介護施設の空き部屋に寝泊まりしながら働いたこともあります。
札幌に来て6ヶ月で貯金はゼロになり、消費者金融のアコムに手を出したり、バイト先の入り口で足がすくんで出勤できなくなったりと、心折れそうな日々でした。相談支援施設に1ヶ月ほど通い、本気で生活保護の面談を受けていた時期もあります。そこで支給されるツナ缶で食いつないでいました。それでも「絶対に諦めたくない」という意地だけで、なんとか生き延びていましたね。
ココナラ上位0.1%のプロ認定へ。作業療法士の視点が活きた「初心者に優しい」クライアントワーク

そのどん底の生活から、どのようにして現在の成功へシフトしたのですか?

最初は異業種交流会などで「絵を買ってください!」と営業していましたが、全く売れませんでした。
そんな中、ある経営者から「イラストはいらないから名刺作れない?」と言われ、知識もないのに「できます!」と嘘をついて引き受けたんです(笑)。
必死に調べて納品したのを機に、メニュー表やホームページ制作(当時は実績作りのため1万円で引き受けていました)と、できることを広げていきました。
大きな転機は、ある交流会で出会ったコピーライターの方との出会いです。
「一緒にココナラをやろう」と誘われ、彼が市場調査や構成、僕がデザインを担当して出品したところ、開始1ヶ月で最高位の「プラチナ」ランクに到達。
2年間続けた結果、厳しい信用調査を経て、全出品者の上位0.1%しかいない「プロ認定」をいただけるまでになりました。

上位0.1%は凄すぎます!
ココナラでそれほど支持された秘訣は何だったのでしょうか?

ココナラの担当者に言われたのは、「初心者のお客さんの購入率がぶっちぎりで高い」ということでした。
ここに、作業療法士の経験が100%活きています。
作業療法士のリハビリは、単に体を動かすだけでなく、その人の人生の文脈を理解して「生きがいを取り戻す」仕事です。
これはクリエイティブのクライアントワークも全く同じで、お客様が言語化できない要望を汲み取らなければなりません。
クリエイターは「アーティスト志向」の人が多く、「私の絵を買いに来たんだから私に合わせて」というスタンスになりがちです。
だからお客様が遠慮してしまう。
僕は極力専門用語を使わず、徹底的に相手に寄り添う姿勢を貫いたため、「本当に関わりやすい」と多くの口コミをいただけました。
現在はこのノウハウを活かし、有名サイト「ポーズマニアックス」で絵の技術ではなく「仕事の取り方や姿勢」を教える認定講師を務めています。
また、札幌の就労継続支援B型事業所と協力し、クリエイティブな仕事のやり方を教え、育った事業所へうちから案件を外注する仕組みづくり(職業訓練)も進めています。
技術が高くても、視野が狭くなって才能を腐らせてしまう子たちが山ほどいる。
そういう子たちの才能を輝かせるプロデュースや仕組み作りに、今は大きなやりがいを感じています
ライフワーク出身・Bさんの才能開花。感覚派社長を支える「最強の右腕」

当事業所「ライフワーク」から、メンバー(利用者)だったBさんがAM株式会社へ就職されました。
Bさんを迎え入れた決め手と、現在の現場での活躍について教えてください。

ライフワークさんからご紹介いただき、Bくんがまだ利用者さんだった頃に出会いました。
第一印象は「ものすごく柔軟性のある人」。
彼はライフワークで「支援される側(利用者)」と「支援する側(支援員)」の両方を経験しているという、非常に珍しいバックグラウンドを持っています。
僕たちの会社は、クリエイターさんたちを支援・プロデュースする要素が強い組織です。
繊細で傷つきやすいクリエイターたちを引っ張る上で、彼の「両方の立場から物事を見られる視点」は間違いなく強みになると思い、採用を決めました。

実際に働き始めてから、Bさんの強みはどのように発揮されていますか?

実は、入社当初はデザイナーとして入ったのですが、一緒に働くうちに本当の適性が見えてきました。
彼は絵を描くことよりも「ディレクション(進行管理)」「仕組み作り」「AIを活用した開発」の分野で爆発的な才能を発揮したんです。
今、彼は社内でクリエイティブ業務は一切せず、AIの仕組み作りなどに特化していますが、これが本人にとっても一番やりやすく、完全に才能が開花しました。
職種転換の提案にも「全然大丈夫です!」と答える柔軟性は、まさに彼の強みです。
さらに彼が支援員時代に培った「丁寧な伝え方」や「段取りの組み方」は現在のうちの会社になくてはならない戦力です。
僕は経営者としてすべてを「感覚」で話してしまうため、そのままでは現場が混乱します。
そこをBくんが正確に受け止め、分かりやすく噛み砕いて現場に下ろしてくれる。
僕の感覚を翻訳してくれる彼のおかげで、組織が綺麗に回っています。
間違いなく、うちの「最強の右腕」ですね。
すべての失敗は未来の武器になる。いまを生きる利用者さんへの熱いメッセージ

現在、ライフワークで「自分らしい働き方」を見つけるために頑張っている利用者さんへ、武藤さんからエールをお願いします!

僕のこれまでの話を聞くと、すごく遠回りで、失敗のリスクばかりの危なっかしい人生に見えると思います。
でも、今振り返って思うのは、「人生において、無駄になっていることなんて一つもない」ということです。
お金がなくなってツナ缶で食いつないだどん底の経験も、すべての失敗が今の経営やクリエイター支援に100%活きています。
それはBくんも同じです。
専門学校からストレートに就職するルートが正規に見えるかもしれませんが、一度立ち止まったり、ミスマッチを経験した人ほど、働く意味を「自分の言葉」で語れるようになります。
苦しい経験をしたからこそ、他人の気持ちに本当の意味で寄り添えるんです。
お金の余裕がなくなると視野が狭くなり、「分かってくれない周りが悪い」と他責になりがちです。
けれど、そこをぐっと堪えて自己責任で解消しようともがいた経験は、何にも負けない生命力と謎の自信(笑)を育ててくれます。
今ライフワークを利用している皆さんも、焦る必要はまったくありません。
今あなたがいるその場所、その苦悩の中でしか得られない経験や心の力は絶対にあります。目の前のことに真剣に向き合っていれば、それはすべて、皆さんの未来に生きる輝かしい武器になります。
自分を信じて、一歩ずつ進んでいってください!
【編集後記(インタビューを終えて)】
武藤さん代表の熱く、そしてどこまでも客観的で優しいお話にインタビュー陣も深く共感し、引き込まれる時間となりました。
インタビューの後半、スタッフのひかるさんからも「みんな一度はお金がなくなる経験をして、そこから這い上がってきた生命力がある。だからこそ、今苦しんでいる若いクリエイターの気持ちが分かるし、他人のせいにせず自分で人生を切り拓いていける」という、深い共感の声が上がりました。
武藤さん代表が主催する、クリエイターの卵たちが安心して相談し合えるイベント「クリエイターマルシェ」の運営や、地域の就労支援施設との連携など、AM株式会社の取り組みは福祉とクリエイティブの架け橋として大きな広がりを見せています。
「手段を選ばず、生きるために何でもやった。だから今がある」
その言葉は、まさにライフワークが目指す「オモシロく、カッコ良く生きる」ことの体現そのものでした。
武藤さん代表、そしてAM株式会社で大活躍を続けるBさんのこれからの躍進が、本当に楽しみです。
貴重なお話をありがとうございました!
就労継続支援事業所ライフワークでは、「オモシロく、カッコ良く生きる人を増やしたい」というミッションを掲げ、利用者さんが自分らしい働き方を見つけるためのサポートを行っています。
少しでも気になった方は、いつでもお気軽に見学やご相談にお越しくださいね。
スタッフとメンバー一同、あなたにお会いできるのを心よりお待ちしております!
Bさんの利用者さん時代〜支援員を卒業するまでの体験談。
えむとん株式会社
https://aimesmouton.com/





